Twitter TaniR@赭埴菴主人 Taroupho | TaniR@赭埴菴主人 (@Taroupho) のツイート

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たまに、本の買込みすぎで部屋の体積が足りなくなるのではないかと心配になることがある。6畳×3m=約27,720,000cm^3で、たまたま目についたデカい本、オライリーの『JavaScript』が実測で約1,831cm^3。だいたい1万5千冊で部屋が満杯になる計算であった。あと3千冊ぐらいは余裕(?)かしら。

発ッ達の知り合い、頭よくて博識な人でさえ全員ふざけてるのかと思うほど字だけ汚いな、なんでだろと思い調べたら、なんでかはよく分からないけど、世界共通の傾向であることは分かった。

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池袋でバスに乗り間違えて、平和台とかいうわけのわからないところに着いたので、やむなくタクシーで帰ってきました。ひどい出費じゃ!

「短い論文ってどこまで短いんだろう?」と調べてみたら2文で証明が完結している論文が見つかってヤバイ

ams.org/journals/bull/… pic.twitter.com/JSTDOa6V7P

とあるポスト内で事実無根という文字列を見た。代数閉体でないのが悪いんだ。と思ったかが☆みんは数学大好きです。

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抗鬱剤は重い鬱の方が著効するらしいけど、それにしても即効性はないので、そんなはっきり効くもんなのかねえ、とは思いますが、よくわかりません。精神安定剤は15分もすれば効くけどね。 twitter.com/marxindo/statu…

そう!だから部外者の前で使わない方が身のため。 twitter.com/taroupho/statu…

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ところで「くだらない」って、哲学用語なんですよねー。知ってました?

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筒井康隆は、くだらないものを面白くしてしまう天才である。しかし、いかに筒井康隆に面白くされたからといって、もとの当のもののくだらなさが幾許か減じるわけでもない。

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文学理論というものがいかにくだらないかは、筒井康隆の『文学部唯野教授』を読めばよくわかる。いや、『文学部唯野教授』自身は別にくだらなくない、いい小説である。しかし、あのぐらいのもので教科書としても申し分がないという事実によって、やはり明らかに文学理論はくだらない。

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カントがセックスしてるとこの想像。

「私のこれを、実践理性としよう(肉棒を指しながら)。君のそれは、明らかに表象だね?(濡れた花弁を指しながら) すると、私の実践理性は、私に要求して、君の表象を、理性概念の作用によって、こう、ぶすっと!」(田中圭一風)

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だいたい男根(ファルス)は物象化の象徴なので、みんな挙って男根を批判しますが、別に望んでこんなもん、ぶら下げるようになったわけではないので。あまり男根をいじめないでください。

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カントの道徳哲学の優れたところは、世界をとどのつまり表象の集まりとみなしながらも、実践理性の働きによってその外部(理性の要求としての他者)へ超え出てゆく、という超越論的構造にあるのだろう。とはいえ、カント、セックスしそうにもないですよね。

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とか言ってるけど、本当に女性は、表象抜きのセックスが可能なのかもしれない。こればっかりは、まじでわからん。
もしそうだとすると、生物としての構造からして違う生き物なんですね、という感想になるけど。

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どんどん分からなくなってくる。性的に消費しないセックスが可能かも、かなり微妙である。そら相手の主体性も大事でしょうけど、表象抜きのセックスなんて曲芸でしかありえん。でも実存でなく表象に興奮したら、もう性的に消費したことになってしまうんでしょう。議論の構成が、おかしい。

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だいたいがさあ、女性のことは知らんけど、誰かを性的に消費することが悪なのなら、男性は一体どうやってオナニーすればいいんですかね。性的に消費しないオナニーって、想像しがたいのですが。それとも、男性はやはり存在自体が悪なんですかね?

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まあルカーチにしろベンヤミンにしろボーヴォワールにしろサルトル、ガタリ、ネグリ、アルチュセール、リオタール、現代思想はマルクス屋に事欠かないので、単にマルクス主義のジャーゴンが膾炙してるだけとも言えるが。文学理論なんて、そんなもん。

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そしてもっと根本的なことを言えば、性的にであれ何であれ、なぜ消費することが悪なのか、という道徳的根拠が不分明なのである。前も書いたが、カントかマルクスぐらいしか、そんなこと言ってる人いないじゃん。

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寺山修司も三島由紀夫も、明らかに自分が消費されることを知り抜いていて、なおかつそれを利用した。現在でも芥川賞作家には、消費されといてやる、という意識を強く感じることが多い。こういう図太さの意味を、まったく理解しない人が増えたなあ、と思う昨今。

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別に性的な消費に限った話ではない。同様の理由から、「私の漫画をブックオフで買うような人は私の読者ではない」といった主張にも、私は批判的である。漫画喫茶もブックオフも流通と消費の形態であり、それが嫌なら自分の作品に値段を付けるなよ、と思うからだ。

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なぜそう考えるかといえば、プロの作品はいったん金に翻訳されるからだ。金というのは、その対価をどのように消費しても構わないということへの保証である。だから、例えば私が綿矢りさの単行本を買って、読まずに著者近影ばかり眺めてにやにやしていたとしても、誰からも文句を言われる筋合いはない。

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私の個人的な感覚を言えば、どんなジャンルであれ「プロ」であることの条件とは、作品のみならず作者まで含めて消費されてしまうことに対する覚悟があるかどうか、だと思っている。私の作品だけを見てくれ!というのは、むしろアマチュアリズムであろう。

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そもそもテクストを作者から切り離して評価できる、という考え方は人文系ですら共通了解ではなく、文学理論の狭い界隈で流行してるに過ぎない。美学ですらそうは考えない。こないだバンクシーを極端な例と言った口で言うのもアレだけど、バンクシーの作品を作者から切り離せると考えるのは無理がある。

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短歌クラスタが怒っている例の件に関しては、そもそも主題に対して言っていることが的外れなので、何も擁護すべきところはありませんが、他方、作品で評価しろ、作者を消費するな、という主張にも、それはそれでどうかと思うところがあります。

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これだって「注意欠陥がないのにADHDと診断されている」というから、「そりゃ僕のハック当てはまらないだろう、どんな症状で何でそんな診断出るんだ?」って話をしてるだけで、なんでこんな話になるの。最後は余りにいい加減なことを言うので怒ったけど。

@tanmen_sunmoon twitter.com/rei10830349/st…

僕結構本気で「それをADHDとして解決しようとすると辛いから…」って気持ちでアドバイスしてたのに、何でこんな言われようをするのか。

最近はホリエモンや北先生の「相手がどんだけバカでもオレの素晴らしい主張を聞くことは禁じられないほうがよい」ということで「バカはミュート」を取り入れております。 twitter.com/syakkin_dama/s…

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夢と現実の区別がほんとにつかない。最近は、知り合いが「ぼくの大切な友人が死にました」とミクシィに書いている夢や、古書店でガタリの『分裂分析的地図作成法』の裸本が捨て値で売られている夢などを見た。

既にそれなりに使える形になっているソフトウェアの質を上げるよりほぼゼロからでかいソフトウェアを組み上げていく過程の方が圧倒的に楽しい不具合がある,というか後者ができた時くらいしか生を実感できない.