Twitter ふぇいせっと facet31 | ふぇいせっと (@facet31) のツイート

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作りの丁寧さがコンシューマレベルの質なのでたまに「は???」となる

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メギド2章に入った。気を抜くと色々やってしまう。ギミックが多い…

『アンチ・オイディプス』には「私は黒人である、私はチンギス・ハンである」みたいな宣言を行う分裂症者が革命的主体のモデルとして出てくるけど、現在なら「私はAIである、私はアライさんである」的な言表の主体こそが革命的な欲望機械、生成変化の場所にふさわしいのだろう。

↓この千葉さんの連投につなげて僕も独り言をつぶやくが、たぶんブラシエやアンドリュー・カルプ、左派加速主義者たちも傾向としては心のプロレタリア独裁(精神の非所有者たちによるヘゲモニーの構築)を望んでいる。動物(プレヒューマン)とAI(ポストヒューマン)、両方向への連帯の約束を掲げて。

そうか。『アンチ・オイディプス』がなぜ、精神分析の一部理論の批判ではなく、精神分析「総体」の批判だったのか。かつそれが資本主義論だったのか。それは「心の資本」を超えるための行動原理を言おうとしたからだ。心の資本家としての精神分析家を、あるいは、精神分析家としての資本家を打倒する。

AIによって仕事が代替され、仕事を奪われると言われている状況において、人間であるところの自分はAI的だという自意識を積極的に持つというのは、プロレタリアートとしての「階級意識」であり、それに対し、人間はAIに負けないという「特権」意識はブルジョワ的で、打倒すべき、ということになる。

今回の反応を見て、AIと人間の違いを理論的問題としてゆっくり問う段階は、その急速な「政治問題化」によって追い抜かれてしまったのだ、という感覚を得ている。

西垣通さんとのAI対談への反応がひじょうに興味深い。どうも、人間とAIの違いあるいは同一性をどう考えるかは、理論的というより、「人間であるところの自分をどういう存在として捉えるか」のアイデンティティ問題であり、そこでの齟齬が、「承認の政治」の水準での対立になる、のではないか。

西垣先生と話したAI批判って、まあまあ普通の話で、この批判を押さえた上で、機械的なパターン認識と、人間の質的認知の関係をどう考えるかかなあ、と思っていたが、コメントを見ると、意外なまでに、もう人間は少なくとも部分的にはAIに超えられてるでしょというAI側に立つ意見が多くて驚いた。

タイトルが煽りですいません。:「AIは人間を超える」なんて、本気で信じているんですか? gendai.ismedia.jp/articles/-/564… #現代ビジネス

「エイスースって言え」
ASUSが世界でのネーミングを統一するために制作した曲です。アスース派、エイサス派を密室に監禁して24時間大音量で聴かせれば数日後にはエイスース派に鞍替えすることでしょう。
SAY ASUS with the World - Full Version youtu.be/XwFTJ90jH6c

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@irsgj3883 ああ、今でもAI固有の質的な認知が神秘化している(ブラックボックスになっている)局面はありますね。囲碁AI同士の対局で人間には及びもつかないレベルの棋譜が残されたときなどに。

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@irsgj3883 長らく神秘の座にあった人間の精神もフロイトが脱神話化の嚆矢を担ってから1世紀、いまや脳神経科学もありジワジワと…。脳の解明は先でも「コミュニケーション可能なAIには心あるでしょ?人間特有の質的な認知とかいらなくね?」と心自体が特権化されなくなってきてますしね

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心も脱神話化されてるしなあ

右左(みぎひだり)が左右(ひだりみぎ)にならないのは、日本語で複合名詞を作る場合音節(モーラ)数の長い方が後ろに来るという規則によるけど、それを守ればねこうさぎみたいに意外としっくりくる新単語を作れる。

ロケット工学のバイブル、長らく日本語訳は絶版だったが、コミケで復活!
昔絶版になった日本語訳版は1万3千円くらいだった
ロケットを目指す者は買うべし!!! twitter.com/wind_steed/sta…

気象庁のデータは「直射日光があたらない静穏な環境」での気温ですが、我々が戦っているのはそうした気温だけではなくてアスファルトと建物からの放射熱と、脱水症状と、連日の暑さからくる疲れの全てなので、気温だけで「まだいける」と判断するのは危険というのは何度でも言いたい

一回伝えたら受け継がれるものと思っていると、とんでもないことになっているので再掲しておきます。オススメ→学術論文の書き方(佐藤守弘)

論文は最終的には研究室も、指導者も関係ないです。自分が社会へ対峙する際の態度と方法です。 web.kyoto-inet.or.jp/people/b-monke…

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そのうえで召命拒否の節の終わりでは次節(「自然を超越した力の助け」)に橋渡しする形で、千夜一夜のエピソード(塔に閉じ込められている王子/王女)が、召命拒否をしても「自然を超越した力の助け」があれば英雄譚にふたたび合流することになるものとして描かれているのはポイントかな。

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キャンベルが「つまらない」と評するタイプの召命拒否は、ビジュアルノベルでいうところのバッドエンドルートにそっくりで、魂の旅(何らかの価値を持ち帰ってくる「行きし帰りし」の旅)を描いていないから十分に展開しきれていないお話として読んでるっぽい。

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第三者による日本国の商標取得ね

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「少女前線」の商標取得は排外主義的な悪意が感じられてつらいな。。

【日本版「少女前線」正式タイトル決定のお知らせ】
#少女前線 
#ドールズフロントライン 
#ドルフロ pic.twitter.com/dHRTETIyUy

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@irsgj3883 それはそうですね。キャンベル的にいえば「死と再生」の大枠を語るためのひとつの定型なのでしょうが

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@irsgj3883 英雄譚の構造は物語において無意識に表出するが、必ずしも網羅して描かれるわけではない。そのため英雄譚の全体性を意識しながら該当する神話のエピソードを再編集すると「千の顔〜」になる。そのうえで意識的に英雄譚の構造を描いたSWの完成度は高いものとなった、ということかなと考えてました

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電書あるかなと覗いたら無かった

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千の顔をもつ英雄は上巻の途中で止まってるから読もうかな

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実際にどう処理したのか気になるのでどこかで見よう…

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昨日の「純潔のマリア」考証の話、中世哲学から実存主義を展開しようとすると途中で神を殺さないといけないし、そこからグッと盛り上がるはずなので神を殺すタイミングが重要だ