Twitter 拾萬字鏡 JUMANJIKYO | 拾萬字鏡(JUMANJIKYO) /「節用集」の検索結果

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日国が『文明本節用集』に「鰊鯑、カドノコ」とあるとしているが、自分で文明本節用集を確認した限り見当たらなかった。どこに書いてあるんだろう(索引は手元にない)。

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@tjgp_w57 @Kangen_Coup1246 1559年の『いろは字』にはミゲウショとありますね(画像)。あとは慶長期の『饅頭屋本節用集』や1597年の『易林本節用集』にも。 pic.twitter.com/zOY1z0A2PQ

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@dendro052 @IIMA_Hiroaki ただ、手もとにある資料を見ると、室町期には国語辞書(節用集など)には現れにくい言葉?という印象を憶えました。他に室町期から編集された『和名集』の亀井本(1615年写)に「湯解(斛)/ユブネ」と「酒槽/サカフネ」があります。書いてあるものにはあるので、連続して使われている言葉なのは分かりますね

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@dendro052 @IIMA_Hiroaki 絶えてはいないと思います。「ユブネ」の表記に色々あるものの、言葉の使用例は鎌倉・室町期にも覗えます。いくつか例を挙げます。『御産部類記』(1008年)"舁御湯船并雑具等"『中右記』(1098年)"但無御湯船覆如何"『経俊卿記』(1256年)"御湯船"『文明本節用集』(1474年)"濫(ユブネ)"(すべて浴槽の意)

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『弘治二年本節用集』の「トシ」に"夏代ニハ曰「歳」、殷代ニハ曰「祀」、周代ニハ曰「年」、唐代ニハ曰「載」"と時代によってトシを表す用字が違うことを書いている。多分方言では時代によらずいろいろあるはずだと思うが。

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@holdme4knight 語釈も全く付いていないですから、たしかに使いにくい感じが(他社のポケット国語辞典や用字辞典のほうを選んでしまうかも)。室町当時の節用集でさえ語釈はあるのにね… pic.twitter.com/b1eNpPG2KT

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web情報によるとこの節用集みたいな辞書を販売していた小桜書房は廃業したらしい。 twitter.com/JUMANJIKYO/sta…

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ワイ「あ、節用集pic.twitter.com/ttvmjuryzB

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辞典には「垰(たう/たうげ)」が1470年代に出て(『文明本節用集』)、1484年には「峠」が出る(『温故知新書』)。以降、戦国時代には地方の資料にも定着が確認できるので、ちょうど「峠」字が登場し始めた時代として1466年は合う。 twitter.com/JUMANJIKYO/sta…

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艩って日本の漢字規格にないけど、造船用語には出てくる。和読みあるのかと思って大漢和を引いたら「ろべそ」という一応訳語らしい言葉が出てきた。1717年板『書言字考節用集』が艩をロベソと訳した早い例になるみたい。 pic.twitter.com/nYBRB8iMav

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「躾」字の後筆。(16世紀『黒本本節用集』)
当時新製の文字だった「躾」はまだ辞書に載っていない私の文字だったので欄外に書き加えられた。(『塵芥』でも同様の増補があっと記憶している)
"類篇(中国の字書)等ニ躾字無"と注がある。 pic.twitter.com/TyFHzujlMI

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まず古本節用集(天正十七年本/1589)を見たときにカマスに「䰽」とちょっと現在と違った字を当てているので、怪しいと思った(画像1)。1484年『温故知新書』は曖昧な形(画像2)。1682年『邇言便蒙抄』は「魣」とある。 pic.twitter.com/8hj6mfB3rV

16世紀には節用集をはじめとしてたくさんの日本語の用字字典(国語辞典)が書かれている。この当時は主として貴族や武士、僧侶など上級の教養層が使用。日本独特の漢字使用が当時からすでに知ることができる。 pic.twitter.com/c5NmKFAaML

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@potasy 右の字って節用集にあったり江戸時代の字尽にもあったりしますが、やはり使いどきがなかったんでしょうか…。「辷」はたまに文章の中に出てきますが、辞書には、辷を載せたからオマケで「辵丨」も付けてきたっていう感じどうしても・・・

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大正時代にはシアワセに「幸」を当てた例があるけど、1879年刊『増補漢語大全早引節用集』は「仕合(しあハせ)」で「幸」はなかった。

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「魚+惠」はアオサバかサバの訓で古くは平安〜鎌倉期に用例があり、古本節用集の類にはほとんど見えないけど、江戸時代からまた出てきて昭和期の資料まで出てくる。使用頻度は高くないけど教書には最近まで出てくるイメージ。

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(節用集は○○本というごとにカウントしてます)

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@kanjikenkyuu おお〜それはすばらしい。今はPCで入力できない漢字も作れるし、字書形式の構成も簡単にできる時代なので、ぜひ字書制作を始めてください。
私はPCで字書を編集する他に、手書きでも辞書(節用集の模倣で新作のもの)を書いています。写真は令和元年写本です。 pic.twitter.com/uo6hOmKekh

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ただこの使い分けが流行したのは一部だけだったみたいで、節用集や他の江戸時代の国語資料では全く鯡と鯟の区別がみられない。当時は他に「鰎」と書くことも多かった。

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#好きな辞書10冊あげると人柄がバレる
温故知新書
日本国語大辞典
合類節用集
類聚名義抄
いろは字
大辞林
文明本節用集
亀井本和名集
広辞苑
運歩色葉集

同じ人いるかな。

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出典も載せてるのでぜひ現物を図書館で見てみてほしい(なぜならビョウ以外にもいろいろな発見があるので)。元禄6年板『武家重宝記』は臨川書店の『重宝記資料集成』の中に入ってます。米沢善本太平記、童子字尽安見、書言字考節用集、伊京集もインターネットで見られます。 twitter.com/JUMANJIKYO/sta…

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学会通信の52ページに私が書いたのがあるんですが、その中で「鋲」の漢字のバリエーションについて5つ実例をあげた。執筆後に新しく「𨥾(びょう)」(これで6例目の造字)を『伊京集』という16世紀末の国語辞典(節用集)に例を見つけたことをここで御報告。

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1717年『書言字考節用集』には"間(カン)、酒―。今按、煖酒者加減適中、則寒温相齊、故省言中略而用此字。"とあり、煖(わ)かした酒の温度の「加減(カゲン)」を中略して「カン」と呼んだ説をとっている(『志不可起』も同様の説をとっているので江戸時代はこの語源が信じられていた?)。

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1484年『温故知新書』に"酣(カン)、酒―"のあとに"間(同)、寒温之間也"とある(カンの初出はもう少し遡れるが)。1823年『俳字節用集』は"間酒(カンザケ)、燗ハ非也"とあり、「燗」と書くことも知られていたものの表記としての地位は得ていなかった様子。

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確認している限りだと「柾」の場合は節用集よりも美濃国の文書に出るのが早かったりとか、「糀」の場合は和俗字研究資料に載るより90年も前の周防国の文書に出てくるのが早かったりする。