Twitter 胡夜 Mito_56tea | 胡夜(Mito_56tea) / 2019年4月29日のツイート

もちろん、他の属性についても同じことですが、障がいの実態を教育的に知らしめ、誤解や偏見を解くことは重要です。しかし、偏見を乗り越えた先にもなお、個人的に好悪の感情が残ることまでを、倫理的な悪=差別だとして指弾することは、私はやりすぎだと思うものです。

知的障がい者の当事者家族という方から、「知的障がい者であるというだけで嫌悪をしないように教育してほしい」という旨のリプライを頂いていますが、私はそれは不可能だし、なされるべきでもないと思います。多様性を認めるということは、嫌悪を抑圧することではないと、私は考えます。

麺と野菜を喰らいに、名古屋においでよ。

八事 あっ晴れノ山は高らか!! のラーメンの山は、麺400g 野菜1キロの圧倒的ボリューム。
卓上のラーメンタレ等で味を調整して、一気に山を駆け上がってねー! #飯テロ pic.twitter.com/lOSgI8K5bx

その両者の努力と秩序を肯定的に受け入れるべきなのだと、私は思います。そこには差別が存在するとか、一片の嫌悪も存在してはならないと告発して回ることは、誰の何の幸福にも寄与しない、と私は考えます。

しかし他方で、嫌悪は倫理的な悪である、つまり「差別」であると決めつけ、その感情自体を否認することもまた誤りなのです。私たちはある種のマナーや取り決めを作ることによって(例えばパス度が低い状態では女子トイレを使わない、など)、嫌悪と権利を共存させることができるし、また現にしてきた。

女子トイレに外見的な「パス度」の低いトランスジェンダーの方がいたならば、利用している女性の相当数が嫌悪を感じることは容易に想像できます。そのことは、トランスジェンダーの方々を公的な場所から排除するという誤った「正義」と結びつけられてはなりません。

私はここではっきりとこう言いたいと思います。「嫌悪」は悪ではない。しかし、その「嫌悪」を他者の人格を否定し、権利を奪い、排斥することの倫理的根拠にしてはならない、と。私たちは嫌悪することと、嫌悪する対象と共存することを両立させなければならない。

私はかつて、「私はLGBTを気持ち悪いと思う、しかしあなたがそのようにある権利は命をかけても守る」というスタンスについて、肯定的に言及しました。私のこの言葉について、多くの「フェミニスト」が批判をぶつけてきました。

togetter.com/li/1217054

「他人警報」という便利な言葉を知った。自分とタイプが異なる人と会ったときにでる、自動的な拒否反応。しかしそんな相手だからこそ、学べることは多い。
だからまずは踏み込んでみる。その上で「やっぱ無理」と判断するのはOK。
でも交流自体を拒否するのは、自分の殻に閉じこもってるだけ。

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@kotononehibiki はいー
10時頃大曽根とかどうでしょう。それとももうちょい早く行って並びます?

ちょっと前のお小夜と同時期に描いてた非公式らくがき今頃アップ…桜、まだ北海道ならきれいと聞いて… pic.twitter.com/jsMltTjHi4

文久土佐藩開催中です!よろしくお願いします~! pic.twitter.com/CksWcXOJt6

#平成最後の不死人狩り
他のハッシュタグではこんなの出ないのに……。
ツイッター公式から集.団自.殺か新.興宗.教の集まりか何かだと勘違いされてないかwww? pic.twitter.com/nAXxeLdihP

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@kotononehibiki ああ、なんかニュースで言ってましたね〜
人にもよりますが一周するのに2時間はかかる(音声ガイド聞くなら確実)ので、早めに行った方が良いのは確かですー

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@kotononehibiki ひびきさんは何時ぐらいに行くつもりです? 私は何時でもー

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@fusyagi なるほどですー。
延寿鍛冶展は今のところ行く予定がありませんです。来派や延寿派の刀は徳川美術館でも観れるので、そんなに。長船派や古備前、粟田口もあるので、他県に足を延ばす理由が無いといいますか。