Twitter 胡夜 Mito_56tea | 胡夜(Mito_56tea) / 2019年5月12日のツイート

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ねえ、ついったーさん検索死んでない?

(※特命調査・文久土佐藩のネタバレ含みます)

肥前「さ……さすが先生だな」 pic.twitter.com/8VsRVg0K1G

これは妄想だけど、今は資料がないからという理由で山姥切ではないとされている本作長義。逆に言えば資料が見つかれば簡単にひっくり返る可能性があるのではと思ったりする。そして、人の認識ってそういうものじゃないかな...と。

人間がどちらを山姥切と認識しているのか、それがわかったところで伝承の中で変わっていく可能性もある。だから「人間にとって」どちらが山姥切かはたぶんずっと分からないままなんじゃないかな。だからこその「そうかもしれない」(まだ考えている)って返答だったのでは...などと。

回想で国広極が長義の「山姥切と認識されるべきは俺」に対して「そうかもしれない」と否定も肯定もしないのは、逸話が曖昧である以上、(認識の上で)山姥切になれるか否かは人々の認識次第であると考えているから、なのかもしれない。人々の語ることは曖昧であると知ったからこその発言かなって。

多分そういう意味で本作長義と山姥切長義は少し違うものとして受け止めた方が良いんじゃないかって話が流れて歪曲してる気がする。他の刀剣男士もそういうものが多いんだけど、この2振り割に最近の資料とかだから伝説にできないみたいな面白さある

山姥切長義って名前見てびっくりしたのは現存してる所蔵元よりキャラ性を重視した名付けできたからで。オリジナルに振ったキャラクターとして見た方が良いのかなって。本作長義という刀に全振りというよりは、逸話や憶測も含めた想像の刀って方面に多め振ってる子なんじゃないかなというね

山姥切長義くんは個を確立するためにあえて同じ山姥切の逸話の土台に山姥切国広くんを立たせて違いをわからせようとしたのが回想56で、回想57は極の山姥切国広くんがその土俵は俺が立つべきところじゃないって始めから登らなかったからこそ自分でもわからない憤りを抱いたんじゃないかなと思ってる

本作長義ではなく山姥切を切った逸話を大部分にして顕現した山姥切くんがテンプレ審神者に否定されすぎて外身は変わらないけど中身すっからかんになってかっっっっっっるくなってるのよくない? 見た目とは違って片腕で抱えられるような山姥切くんを抱いて本丸を脱出してくる南泉くん

昨日解禁だったので。
とうらぶの長義は、昭和の大先生方の見解がそのまま世間の認識になった、という「逸話」込みでの敢えての「山姥切長義」としての顕現だった、と思いました。
懇親会は結婚披露宴みたいでカップケーキ長義に菓子切長義に長義折紙懐紙♥
徳美さんの長義愛を感じました。
#長義感想 pic.twitter.com/nfZFLPiKFd

結果から言えば長義は山姥切ってないし、山姥切りの逸話は山姥切国広のものだったって見解なのだけど、その逸話を背負えるだけの名刀だっていうのが長義と国広なんだな……と思いました。 #長義感想

とうらぶの長義は、自分こそが「山姥切」という設定になっているから、実は、とくび組こそ、「山姥切長義」にとってもっとも都合が悪い存在なんだよな。だから、個人的にはとくび組仲良しは…地雷の上でステップ踏んでるように見える。後藤藤四郎は逸話に突っ込み入れるタイプだし。

尾張徳川の史料が徹底して「山姥切≠本作長義」だから、とくび組こそ長義を山姥切とは呼ばないだろうに、南泉との回想は何事と思っていたが、南泉も一度も山姥切とは呼んでいない。あれ、南泉の認識が、性格悪いから化け物切ったか、化け物切ったから性格悪い、のどっちになっているかが問題だな。

山姥切≠本作長義は、とうらぶに山姥切長義が実装された時点で、山姥切国広の修行からして、「山姥切≠本作長義」込みでわざとこういうキャラにしているんだろうな、これ、修行でだいぶ変わるパターン?と踏んだんだけど、さて、どうなるかな。

とくび組の音声ガイドで「本作長義≠山姥切」の意味がハッキリと語られているのを受けて、刀剣男士としての山姥切長義は、そのあり方はもしかしたら髭切・膝丸に近いのかなと感じました。モデルとなる刀が実在するけれど、刀剣男士としては半分伝説や逸話で構成されている、モデルの刀≠刀剣男士

徳美さんではあくまでも本作長義≠本歌山姥切なんだな。前もそう言ってたもんね。分けて考えた方が良さそうなのかな🤔
恐ろしいのは「刀剣乱舞の世界」で「逸話だけを元に顕現している刀」があることだよ。彼は「山姥を切ったと言う逸話持ちの山姥切国広の本歌」と言う顕現の仕方をしているかもしれな

とうらぶ的に言うと刀剣男士は刀そのものじゃなく付喪神だから。それも人の想いとか逸話から付喪神が形成されるわけで、「本作長義が山姥を切った」という人々の想いから山姥切長義が作られていったのなら山姥切長義は確かに本作長義なんだよ

本作長義には山姥切の号も逸話もないのは前からトクビサンが言ってたわけで。そして現実とゲーム内設定も分けて考えたほうがいいと思う。山姥切国広の本歌という設定なんだから山姥切長義は本作長義(を元にしたキャラ)であることに変わりはない

じゃないですかね。考察する事は凄い事ですしやべー頭いい…と思いました。まあその方達も多分、「これは私の考察ですので正しいとは言えません」とか、一言あれば楽しんで見れたんじゃないですね。うーん…私がんん?と思ったのは山姥切長義の自己認識が植え付けられたものでしょう、→

山姥切長義推しが山姥切問題の考察をした支部の作品の多発コメント欄で言ってるめんどくせー事を言ってるぅ?なんだそりゃあ…と思ってた見たけれど、多分その人が言いたいのは「山姥切国広と山姥切長義の在り方を理論的に話しているが、それを"正しいもの"として断言しているように見えた」から→

ぶっちゃけさ、山姥切長義推しの大半は逸話とかそういうの調べているでしょ。山姥切の号がつけられているのは国広作だと知っているし、解ってるし、その上で共通で思っているのは「現実の本作長義が山姥を斬っていないからゲームの山姥切長義も斬っていないって思わないで欲しい」なんだよね。→

今剣「確かな資料はない(どころかゲーム内で完全否定されてる)けれどぼくは義経公の懐刀」
審神者「そうだね、今剣が義経公の懐刀だね」

長義「確かな資料はないけれど俺が山姥切」
審神者「資料ないならダメだろ」

長義の逸話云々、こういう扱いされてるの多い気がする…

とてつもなくしんどいんですけど公式が山姥切長義が本作長義が逸話持たないこと知ってて山姥切長義というキャラクターが登場したとしたら山姥切長義は今剣みたいな存在って線もある……?噂にとらわれて権限してしまうってしんどくないですか……?山姥切長義を作り出したのは私達日本人ハワワワワワ

最新までの刀剣乱舞で、「逸話がないと顕現出来ない」「刀剣男士が依る逸話には偏りがある」と新キャラの先生から明かされたので、仮に長義くんが「山姥切伝承を逸話としていて」かつ「写しに逸話を喰われている」のなら長義くんは顕現出来ないんだよなあ…。

あくまで、とくびさんのは本作長義に対する答え合わせに近いものがあって、ゲームの山姥切長義に対しての答えはにとろさんが示す以外ないのでは?国広の方の修行でどちらにも逸話がある世界観なんだし。あの世界では山姥切長義の山姥切伝説は否定されていない。

歌仙兼定の、現在「歌仙兼定」とされている刀剣は、細川忠興の歌仙兼定とは別の刀であると、山姥切≠本作長義の解説はどっちがエグいかな。(刀剣の伝来とか逸話とか、調べると容易くぼろっと足元が崩れるんだよなあ)

つまり山姥切国広が打たれなければ逸話由来の山姥切長義は生まれない……?ということは聚楽第を攻略し『山姥切国広が打たれる歴史』にならなければ山姥切長義もまた存在できなかった…??これはもう聚楽第にハネムーンに行くべき案件では???

かっけぇなあ徳美…………号はなかった、なかったから何だと言うのだ、本作長義は山姥切の逸話も号もなかったとしても、十分に価値があるものだ…とこの刀剣乱舞ブームの中堂々と言い切れるのは、徳美みたいな元より価値あるものだけを持っていると自負できる博物館の強みよなあ……