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人質司法、報道圧力、外国人労働者に対する非人道的制度、ヘイトスピーチ……日本の人権後進国ぶりが、ここ数年相次いで国際機関から批判されているが、また新たな問題が通告された。lite-ra.com/2019/04/post-4…

現代ビジネスさんで新しい記事が出ました。上野先生、言ってることが矛盾してないですか的なお話です。 / 上野千鶴子氏の東大スピーチ「納得と、それでも消えない疑問」 gendai.ismedia.jp/articles/-/641… #現代ビジネス

明日の現代ビジネスでは「これは差別ではない(なぜなら個人の私的選好だから)」みたいな方便が社会に積みあげてきた歪みを先頭に立って擁護してきた人として、上野千鶴子のスピーチを考察する内容の記事を書いています。

→たぶん入学式を逃すと、今年のスピーチのようなことを立場が上の人間から言われる場は、それこそ卒業式以外にほぼないと思います。エリート街道まっしぐらに、頑張っても報われない・頑張ろうとすることを阻まれている人の境遇に触れることなく、自分の境遇に無自覚のまま過ごすこともあり得ます。→

→話の内容が入学者丸無視ならともかく、入学者達に刺さるのであれば「これはお前達に向けてじゃない、社会や大学への批判だ、情報戦だ、美談ではない」と括ってしまうのも些か乱暴ではないかと思うのです。そしてこのスピーチは十分、入学者の心へ刺さるに足るものだと思います。→

→多かれ少なかれ入学・卒業式のスピーチの場にその側面がある以上、アジテーションのようになることがあることについて、東大という場では、スピーチする方・される方・外部の人間もある程度、了承済なのではという気がしなくもないです。→

→そもそも大学の入学・卒業式のスピーチの場、特に「東大」という呪いに近いビッグネームのものは、毎年否が応にも社会から関心を持たれるため、学生だけでなく社会全体へ向けても警鐘を鳴らす内容であることが少なからずあります。→

>RT このスピーチ、後者の意見も出るのはもっともだと思うけど、個人的に東大合格者にどんな人達が多いかというのを知ってる塾業界の身だと、学生さん達ものすごく刺さっただろうなと思うし、それが効果的な役割を果たしたなら社会への影響や大学幹部の批判の側面は副次的なものではと思う。

難民に対する「ヘイトスピーチ」規制に躍起になってる間に

ロンドンの治安はニューヨークを下回り、アテにならない警察に愛想つかして自警団は結成されるわ、
ドイツで難民受け入れを推進した政治家や難民リーダーをターゲットとした暗殺リストが出回るわな世の中になってた

日本国の主権者たる日本国民が、外国出身者とその子孫に対して、「あなたは適法に居住しているからヘイトスピーチをぶつけないでおいてあげるよ」というのが、この法律なんだよ。

なんでこんな法律で喜ぶの?この非対称の関係こそが差別の本質であることに、なぜ気がつかない?

ヘイトスピーチ対策法の「適法居住要件」の問題の本質は、「適用される範囲が限定される」という点ではない。そこを多くの反対者すら見誤っている。

ヘイトスピーチがダメな根拠を、基本的人権以外のところに置いたことなんだよ。「外国人を排斥しない条件付きの許可」、それ自体が差別なんだよ。

「他人を人間未満に扱うのは禁止」という新ルール、確かにヘイトスピーチ対策なのは分かるけど、数年分数万ツイートを全部チェックして通報しまくるような異常者が徘徊している今のツイッターでこんな曖昧なルール作ったら悪用される未来しか見えないですよ。創作とか歴史ネタでガバ凍結頻発でしょう。

国連人種差別撤廃委員会、日本報告への審査に対する日本政府の回答
よくぞ、明言した!

>ヘイトスピーチは、難しい問題である。表現の自由の保障について、違う考えがあるかもしれないが、日本は優先順位をつけている。表現の自由の保障を優先することは、日本の誇りである
hurights.or.jp/archives/newsi…

あくまでも犯罪者の中にたまたまオタク趣味の人がいたっていうだけで、オタク趣味と犯罪に因果関係は存在しないのが事実
そこに無理矢理の因果関係を見出すのはもうただのヘイトスピーチ
「犯罪者の98%はパンを食べているからパンは危険な食べ物!規制しろ!」みたいな論調と何も変わらない twitter.com/ogino_otaku/st…

日本の医学部は女子が少ないのかー
ドイツの医学部はほぼ70%が女性。そして俺の学年は80%が女性。入学式で学部長が、
「男性諸君、女性の世界へようこそ。将来君たちの上司は女性だけかもしれないね。」ってスピーチしてた。
すでに講師は女性の方が多い。 pic.twitter.com/K7CdUlQUdN

ヘイトスピーチなどの差別が「言論の自由」の範疇に含まれないのも同じ理由で、「他人の自由や権利を侵害する言論」は「社会で自由として認められる対象」にはなり得ない。権威に服従して自由を自ら捨てた人間は、独善的な大義名分を振りかざし、特定の属性を持つ人々の自由や権利を脅かす人間になる。

ジェムズガンさんの悲劇も記憶に新しいのに、YOUTUBEの「ヘイトスピーチではありません」回答を無視した大量通報の呼びかけに虚偽のDMCAまで使って何としても敵を消してやるって津田先生とポリコレ軍団もようやるわな・・・DMCAなんかネトウヨ側がやり返し始めたらもう収拾つかないでしょうに。

例えば表現の自由を求める思想や運動が、あらゆる人の表現する権利を等しく擁護するものでなければならず、暴力的ポルノやヘイトスピーチと言った極端な事例についても自由が擁護できるかどうか、常に「ストレステスト」が必要となります。少なくともその思想と運動が公正さを標榜する限り。

とはいえそれでも、私たちはその自由を否定する言葉の自由を認めなければならないのです。それは無限に続く戦いに挑みかかる覚悟を決めることと等価です。しかしそれこそがヘイトスピーチという不正義と真っ向から対決する道なのだと私は考えます。

ヘイトスピーチ――朝鮮人を殺せ、追い出せと言った存在そのものを否定する罵倒――を、私たちは決して許してはなりません。差別と憎悪を扇動する言葉の正当性を否定し続けることは、私たちが民主主義社会の一員となるうえでの、最低限の倫理であり矜持であると思います。

秀逸なのは、Anthony Kennedy裁判官が、ヘイトスピーチ規制は、少数意見や異論の抑圧に繋がる、合衆国憲法修正第1条は、政府の善意を信用して規制権限を付託しないことを明言していることです。

歴史的な経緯から、日本国憲法と合衆国憲法の人権規定とその制約についての考え方は似ているので、ヘイトスピーチ規制の問題点を考える上で、参考になる判決ではないかと思います。

本事案は、人種差別的な商標の登録を特許商標庁が拒否したことの是非が争われた事案であり、ヘイトスピーチについて正面から規制することが許されないことは勿論、商標登録を拒絶するという緩やかな規制すら許されない旨を明言したものです。

あのね、今発売中の『幽』に載っている京極夏彦先生のスピーチ全文は商業誌出版に携わる人みんな読むといいと思うの。物書きの人は特に。お為ごかし一切無し。ばっさりやられるから。これ怪談文学界だけの話じゃないと思うの。さすが京極夏彦先生な… twitter.com/i/web/status/8…

「ヘイトスピーチや暴力・性表現は権力によって規制されるべき」という主張に対し、「規制の線引は恣意的になる可能性が高く、危険だ」と警鐘を鳴らす人々がいるわけですが。この阿部悠氏のエッセイはすでにその恣意的な線引がされてて、表現規制反… twitter.com/i/web/status/8…