Twitter 胡夜 Mito_56tea | 胡夜(Mito_56tea) /「南泉」の検索結果

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あと南泉の太刀姿と鯰尾の後ろ姿も見てきたんだけど(透明な台な上に壁側でもなかったのでちょっと角度を変えれば表も見れた)、正直に言うとですね。お前ら裏表そう変わらないな??? って感じだった。まあ無銘だもんな、と思いました。
そういう意味では表裏見たいのは長義くんでは???

南泉一文字の史料,拵と尾張徳川家の刀剣 privatter.net/p/3362684
やっぱり、史料他の情報は広く共有した方がいいと考え直したので、限定公開を止めました。私が南泉一文字について調べたのは、南泉が「家康」所有刀剣で刀紋に「葵」があったからで、他に理由はありません。

南泉一文字の特徴的な牡丹の拵には”金襴(きんらん)”という裂(きれ)が使われているのをご存知ですか? 刀をはじめ日本美術には、様々な形で裂が関わっています。次回企画展「裂の美」(6/8~7/21)に先駆けミニ講座「刀剣を彩る裂地たち」を開催いたします。
詳細はこちらtokugawa-art-museum.jp/news/201905151… pic.twitter.com/FnkOjTsl3g

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え、何? 徳美の講座南泉???

こちらの画像の上下に使われている模様。実は画像初公開、物吉貞宗の刀袋です。物吉の刀袋は企画展「裂の美」前期日程(6/8~30)にて全4種を一挙初公開!後期日程(7/2~21)では、南泉一文字の刀袋2種も公開です。お楽しみに。
tokugawa-art-museum.jp/exhibits/plann…
#物吉衣裳持ち #南泉も負けない twitter.com/tokubi_nagoya/…

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@Kazaha_prays たくさんある中で一緒に保管してた中でも南泉と長義は場所が近かったらしいので、ぶっちゃけ大小で提げられてたというよりは同じ場所に収納されてた可能性(確か分類が同じ)のが高いみたいです。

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南泉と鯰尾の後ろ……

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そういや南泉のブックカバーって再入荷したんだろうか

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多分南泉は思ってても言わないタイプ

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@Kazaha_prays 戊辰戦争も終わり、刀が完全に時代遅れとなったであろう時期ですもん。だから南泉たぶんむっちゃんが刀は時代遅れって言ってるのに対して「拵を新しくすればよくない?」とか思ってる気がする。

肥前は元薙刀説、元大太刀説、元太刀説、元打刀説、総なめですからね。現物が残ってないのでなんとも。

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@Kazaha_prays 南泉の刀種からわかるのは、時の政府が明治政府の流れって事ぐらいですかね。彼の3つ目の拵(明治2年)で打刀扱いが決まったようなものなので。
(説の入り乱れはもしや肥前忠広)

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でも、南泉、元に戻るつもりでいるもんなあ

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とりあえず、打刀と二刀開眼する南泉は見たい気はする。

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@Kazaha_prays ましていち兄は明治の帝に尾張家から献上された刀なので、(家康の遺産分けから尾張家にいた)南泉や物吉、後藤もあり得るわけですよね。
なんとなく刀種は拵が決めてそう。
打刀だけど太刀として下賜された! というのが数本あった気が。

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南泉が長義を化け物斬りって呼ぶのは「長義がそう主張しているから」ってのが一番の理由だとは思う。

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南泉一文字さん、拵に葵紋がほとんど散らされてないのなんなの???

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@Kazaha_prays どうなんでしょうかねえ。そういやそんな話ありましたねえ。大包平か鶯丸の兄弟だわーいってTLが湧いた記憶。あ、とくびの大小の話ですが物吉は大切にされ過ぎて(いつかは忘れましたが3代分ぐらいの期間)箱から出して貰えなかったようなので、長義と南泉の大小のがあり得るんですな

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@Kazaha_prays 五月雨郷と後藤に関しては、五月雨郷だけ宗家に戻ってた時期があるので。
ぶっちゃけ日替わり佩刀だったら長義と南泉の大小のがありえるんじゃないかなと。
五月雨郷なんて第二次大戦中の空襲やら金属供出やらの時期(1944年)に宗家から買い戻してるので、刀剣まわりに対する情熱は……うん。

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とりあえず、尾張家で長義と南泉が大小だった話の真偽、明後日聞こう

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@Kazaha_prays おかしいですね。3代綱誠の時に本作長義は購入されたはずですが。2代光友、3代綱誠、16代義直の時に差し料だったのは南泉一文字です。
いまとくびぐみそろいぶみやってますが、そう書いてあったはずです。
なお長義が差し料になったか否かは書いてないんですよね。

まあ、『尾張徳川の名刀』って時点で、どの刀も本差にも脇差にも成り得たってことだよね、多分。
大小揃えで贈答されたのは違うのかもだけど、場合によっては変えてただろうし。

脇差として扱われていた『南泉一文字』が、差料として、本差として扱われたように。

調べれば調べるほど沼だわ……。

南泉って、徳川での分類で脇差扱いされてた時期あるみたいだし、本歌山姥切は「是非とも」って求められて買われたわけだし。
これ、南泉にとって……いや、南泉のみならず、徳美脇差組にとって、本歌山姥切は、本差になり得たかもしれないってことだよね?

ざくっと検索しただけだが、脇差時代の南泉の本差は不明。殿様刀説と儀式の際に用いられていた説有り。拵がお揃いの短刀がいる。
本作長義は明治頃まで使用されていなかった説有り。蔵番は時代によって違うけども5振とも最終的に『仁』分類。

尾張徳川の史料が徹底して「山姥切≠本作長義」だから、とくび組こそ長義を山姥切とは呼ばないだろうに、南泉との回想は何事と思っていたが、南泉も一度も山姥切とは呼んでいない。あれ、南泉の認識が、性格悪いから化け物切ったか、化け物切ったから性格悪い、のどっちになっているかが問題だな。

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南泉、口調の猫考察してる方見つけて見たらなかなかホラーだった。