Twitter 胡夜 Mito_56tea | 胡夜(Mito_56tea) /「terrakei07」の検索結果

いま苦しんでいる人の声なき声に耳を傾ける意識をもつこと自体はまったくおかしくはないけれど、表現者としての自分の道には過去のどれだけの屍が積み上がっているのか省みられなくなったら表現者としては終わりでは、みたいな話です。

表現者としての自由があるからこそ生じた恩恵をこれまでたっぷり受けてそれなりの地位を得ている人間が「表現者にも制限を課そう」とか言い出すの本当に味わい深いなと思いながら書きました。

自分のスタンスはもうすでに「思うのも自由、書くのも自由、ただし禁止や規制を呼びかけた時点で『戦い』になる」というものですが、それをもう少し背景を整理しながらまとめたものです。

予告していたとおり「ジェンダーバイアス表現を規制するガイドラインをつくろう」と呼びかける作家とその反応について思うところを書きました。

そもそもこれを「報復」と呼んでしまうと、批判者側も不法移民のことは「お近づきになりたくない邪悪」みたいに思っていることが語るに落ちてしまうので、やっていることはネタ感がすごくても、作戦としてはかなり狡猾であるという。

ただこれは実際にやったらポリティカルコンパスがぐるりと回転しうるインパクトがあると思うので、実際の社会実験としてやったら良いと思いました

リベラル地域に不法移民を釈放、などとツイッター民みたいなことをトランプがマジで言いだしているので、あまりに面白かったので記事にしました

今日のマガジンでございます / 白饅頭日誌:4月15日「トランプがツイッター民みたいなことを言い出している件」|白饅頭 @terrakei07|note(ノート) note.mu/terrakei07/n/n…

著者の歪んだジェンダー観で大好評を得ている矛盾社会序説をひとり3冊ずつ買ってくれ amazon.co.jp/dp/4781617263/

ぜひ植村先生には、矛盾社会序説が記述しなかった「非モテ女子のかわいそうさ」について本を書かれてほしいです。僕はそれを歪んだジェンダー観だとは言いません。自分のことを弁えているので。

ついでに言うと、性交渉経験のない割合も、生涯未婚率も、孤独死の割合も、孤独死してから発見されるまでにかかる日数も、すべて男性が上です。独身である場合に疾患や自死リスクが高まるのも男性です。だから可哀想なのではなくて、それでも世間からの関心は小さいからフォーカスした、それだけです。

「非モテ女子も同じくらいかわいそうなんだぞ!」と詰め寄られても、そうですね。としか答えようがないので、「お前の記述が素直に気に入らない」あたりに着地されてもよいのではないかと思います(別にそうなったとして、その感想・主張がおかしいとは全く思わない)。

何度も言いますが「だれがよりかわいそうか」みたいな話をしているわけではないです。「『だれがよりかわいそうか』というレースによって見えなくなる領域にはなにがあるだろうか」という話をしています。よろしくお願いします。

私大難しくなってるんだね。いろんなものが昔と比べて難化してきているという:

白饅頭日誌:4月17日「私大と人口問題のコンフリクト」|白饅頭 @terrakei07|note(ノート) note.mu/terrakei07/n/n…

「女だからと偏見を持つな、差別するな」と主張するその同じ口で「男は迷惑行為をするから排除してもやむなし」と言えてしまうその脳みそがどうなっているのか、一度じっくり教えてもらいたいところです。

この理屈に従えば、犯罪率の高い特定の人種に部屋を貸さない大家さんは正しいし、転勤を拒否したり途中で退職したりする確率が高い女性を採用したがらない会社も正しいですね。「強者の属性に対して排除してもそれは差別ではない」って理屈で突破するつもりかな?

「〇〇(という属性)は、××(という迷惑行為)が多いから排除やむなし」の論理にこそ反対することこそ人権を擁護する人にとって「意地の張りどころ」だと思うんですが、特定の気に入らない属性に対してはこうして素通ししてしまうんですね。

自由で個人主義的な社会というのは、隣近所の監視やらめんどくさい人づきあいやしがらみはなくなるけれども「多くの人の理解と協力が必要なとき」にもそれが得られにくいことが共起してしまう。

むかしは皆が一定のめんどくささとメリットを引きうけていたからこそ合意は得られていたが、それが一部の人にしか適用されなくなり、しかもその一部の人が自身の享受するメリットを最大化するようほかの人に要求しても、それが通る可能性は低くなる。

「結婚するしないは個人の自由、子どもを産む産まないも個人の自由」という社会を選んだのだから「自分の選択で好きで子どもをつくったのだから、社会に特別な配慮を求めるな」という声が相対的に大きくなってくることも引きうけないといけない。

「結婚するしないは個人の自由、子どもを産む産まないも個人の自由」という時代にあって「子どもを産み、育てやすい社会環境を作れ」と要求し、また合意を形成することは、当然ながら難しくなっていくよ。

運動のできないガリ勉が「体育の成績が進学(内申点)に影響するのは納得いかん、学力に一本化しろ」と文句言う構造と同じというわけですね。

お勉強のできる高学歴なフェミニストは、別に勉強のできない女性の生活がどうなろうがなんの関心も持ってませんよ。「お前が勉強ができないバカだからといって、男に媚びて庇護を得ようとするな、こっちの邪魔なんだよ」とは思っているでしょうが。

ミスコン反対論も似たような動機があり、自分が得意とする「お勉強できる子えらいぞヒエラルキー(学力・能力による序列化構造)」に、他の女も強制参加させて一本化したいという願望があるわけで、それを男の性的搾取とかなんやかんやもっともらしい理屈をつけているだけという。

フェミニズムはリバタリアニズムの親戚みたいなものだし、別に資本主義に従属的な思想となってもおかしなことではないわけですが。