Twitter 瀬尾はやみ hayamiseo | 瀬尾はやみ(hayamiseo) / 2021年4月12日のツイート

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瀬尾はやみ@hayamiseo

孤独な中でやっと出会えた同い年の理解者までもが自分から性を掠め取ろうとしていると知って、分け与えてやる自分にこそ主導権があると思い込もうとしたけど、どんどん擦り減っていった「彼」がいたのかもしれない。

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瀬尾はやみ@hayamiseo

森井さんの『スリル・ミー』感想を拝読しながら、「私」が肉欲を込めた視線で自分を見つめていると初めて知ったとき、静かに絶望した「彼」がいたのかもしれないなんて考えている。
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そんなことを、スリルミーを観ながら考えていた。目眩がするほど美しい、ある意味では父親に支配されながら、一方では、自らの身に付加された権力を充分に理解している、彼らの、震えがくるほど無邪気に内面化したホモソーシャルの花園ーーその、一部始終を観ながら。
#観劇メモ

でも今なら、「男性ふたり」の表象の訴求力とは、同時に「権力」の魅惑性ではないかーーそう考えるだろう、と、スリルミーを観ながら思った。そして、今なお「女性ふたり」の表象は「男性ふたり」と同じ意味を体現する事は叶わないのか、可能なのか、帯びる意味が違うなら「何が」違うのか、
#観劇メモ

「女性ふたり」の表象には始めから付されていない、それを付すことを許されていない「意味」が「男性ふたり」の表象にはあって、その言語化は私の卒論のテーマでもあり、20年前の私は、それを普遍性への飛翔台だと考えていた。それが「男性ふたり」の物語が強い訴求力を持つ理由だと。
#観劇メモ

今日スリルミーを観て、「男性ふたり」の表象から強烈に匂い立つ、全人性とでも呼ぶべき、「全き人」であるという万能感、無欠であるさま、これは、何なんだろうかと考えていた。まるで翼を与えられているかのように、望めば、自ら神話になれる、その資格があるのだとでもいうように。
#観劇メモ

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瀬尾はやみ@hayamiseo

サンドイッチおいしい!! サンドイッチおいしい!!! と全部平らげたあとでしみじみ「ケーキセットにすりゃよかったな」と思う