Twitter 瀬尾はやみ hayamiseo | 瀬尾はやみ(hayamiseo) /「マジョリティ」の検索結果

自分がマジョリティである国で生まれ育ってからアメリカに来た場合、完全にマイノリティとして生まれ育った人の傷って根本的には理解しきれないのかもしれない。なんならマジョリティになれる帰る場所あるし。彼らはどこにいってもotherとされてしまうんだもんな…

これの引用で「自分はそう思わない」と言ってる日本在住日本人はたくさんいるけどこれはアメリカにおけるアジア系アメリカ人が向き合わなきゃ行けない問題であって自分がマジョリティである国で暮らしている方向から「それは問題じゃない」と言い切れる話じゃない

twitter.com/vinyl_tackey/s…

「同じ属性」=homogeinity
日本では社会権力マジョリティの人々。今回のオリンピックで世界的に「あり得ない」失策・失態を冒した人たち。「多様性」を謳いながら、意思決定権はすべてマジョリティ(日本人男性)が独占した。その結果がこれ。

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瀬尾はやみ@hayamiseo

マジョリティを“巻き込む”形で運動を起こすマイノリティに対して、極端に冷酷になる人いるじゃないですか。あれは「こっちは関係ないのに迷惑かけやがって」という感情だと思うんだけど、実際、マジョリティにとってだけ住みやすい世界を作って加担してる時点で、マイノリティに迷惑かけてるんですよね twitter.com/hayamiseo/stat…

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瀬尾はやみ@hayamiseo

マイノリティがマイノリティだけで頑張ってくれたらこんなに都合のいいことはないので、マジョリティは「強いマイノリティ」像を肯定し、再生産する。

「自分だけが世界の誰からもかえりみられない」という卑屈な感情を(往々にしてマジョリティと呼ばれる属性の人たちが)どんどん負の方向へこじらせていって同じ思想のものたちと連帯してしまう、というそういう恐ろしさみたいなものってあるよなーと感じた…

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瀬尾はやみ@hayamiseo

そういえば漫画『桐生先生は恋愛がわからない。』には、マジョリティが「逆差別」を主張する現象についての説明が登場するんですよね twitter.com/hayamiseo/stat…

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瀬尾はやみ@hayamiseo

マイノリティが差別に抗議した際、マジョリティが「それだって私たちに対する差別だ」と言い返すのは、差別が構造の問題であることを全く理解できてない証左だと思う。差別に抗議されて嫌な気持ちになっても、ばつの悪い思いをしても、それはあなたが差別されたからではない。

当時ネットで圧倒的マジョリティだったおたく男に迎合して、彼らの徹底した女性蔑視の「ノリ」に倣うことが、おたく女性が課された、そして自らに課してきた規範だったからね

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瀬尾はやみ@hayamiseo

女性が女性差別の撤廃を訴える際に男性の協力を求めるのは、意思決定の場に男性が多かったり、女性の声が無視されやすかったり、社会が男性優位にできているからで、マイノリティからマジョリティへの要請と同じ構図なわけだけど、逆はハッピー既得権益セット

別にセクシュアルマイノリティのことを《理解》する必要はなく、その存在を受け入れるだけ良いというのが、私の考えだが、それに関するマジョリティの言動が、仮に無自覚のうちに社会的な差別構造を踏襲していたり、異性愛規範に基づく抑圧的なものであったならば、それはちゃんと《理解》して欲しい。

百合もそうだけど、マイノリティをネタにしながらマジョリティ向けとしてカテゴライズをやたら煙たがるの、自分らがそもそもカテゴライズされてこなかった身だからだろうな

おそらく昔の多くの同性愛者は声を上げることもできず死んでいったんだよ差別で。それが結果的にマジョリティである異性愛者にとっては「静か」だから昔は「大らか」だったと言う。そして批判や権利に向けての声が上がるようになると「同調圧力」「大らかじゃない」「カテゴライズ」だと吐き捨てる。

社会のマジョリティ的考え方や、権力を受け入れるために我慢したり諦めたり笑ったりするのを大人だと語られるの本当にうんざりする

おじさんが「舞台って、もっと中学生の男の子とかがさ、好きな女の子を誘って、一緒に観に行こう!!って言えるものになるべきだよねw」という発言に他の賛同人の男性たちがいいね〜wそうだよねwと同意してて、例えがどこまでたってもシスジェンマジョリティおじさんでかなり呆れたんだよね

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瀬尾はやみ@hayamiseo

シスジェンダーの俳優がトランスジェンダーを演じることに対して呈されている疑義や批判って、マジョリティがマイノリティの機会を奪う構図になっちゃってるのを指摘してるのであって、「じゃあトランスジェンダーはトランスジェンダーの役しかできないのか」というのは誤読じゃないすか

そんな状態(差別者が一定数居る)が「ごく自然」という事自体が彼らへの消極的追認にしかなってない。殺害扇動への同調が「ごく自然な偏り」であってたまるかという態度をマジョリティ側こそ示さないと駄目では

何が一番クソむかつくかって、見聞せまクソ無知マジョリティ奴隷思想を「演劇を大事にしているから言いますが!」みたいにして演劇を利用して発信しているのがクソほど無理 無知から成っている時代遅れの価値観の後ろ盾に演劇を使うな

だいたい世の中には機会を与えられてないだけのPOCやLGBTQIA+の役者がいっぱいいるのに、それでも白人やセクシャルマジョリティーがキャスティングされている事の方が問題 創造性とかアート性とかそういうの言ってる場合じゃないから twitter.com/aoici_/status/…

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瀬尾はやみ@hayamiseo

たとえば、とあるパフォーミングアーツの関係者が、観客のマジョリティが「特定の嗜好を持つ女性」であることに警鐘を鳴らすとするじゃないですか。それが多様性の観点から重要な指摘だとしても、結果として、劇場内でも社会的なミソジニーが小さな相似形として繰り返されることになりませんかね。

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瀬尾はやみ@hayamiseo

女性の欲望がマジョリティ化する領域が存在するのは確かだけど、社会的にはまだまだ女性の欲望は蔑まれ軽視されているのが現状で……というような物思いに耽っている。

差別される側にしてみれば肌の色が決定的な問題であることは(考えるまでもなく)明白であり、その人たちに向けて「肌の色(人種)なんか関係ないよ」「過剰反応しすぎ」などと言えちゃうこと自体がマジョリティ特権である、と気づかない人が50年代から変わらず多いっていう…
twitter.com/numagasa/statu…

『私はあなたのニグロではない』、パリで執筆してた黒人作家ジェームズ・ボールドウィンが、50年代アメリカの状況に危機感を覚えて帰国してTV番組に出るんだけど、白人の学者に「なぜ肌の色にこだわる?」とか言われてて、安全圏のマジョリティほどこういうこと言いがち問題って今も全然あるよな…と。 pic.twitter.com/uMZYd56EZ8

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瀬尾はやみ@hayamiseo

@skia000 たとえば私は日本国籍で五体満足で女性でBL好きのオタクですが、これだけでマジョリティ性とマイノリティ性を複雑に併せ持つわけで。そしてそれらの属性は相殺しあうわけではない。こういう話はなかなか伝わりにくいですね……

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瀬尾はやみ@hayamiseo

自分のマジョリティ性を「自分はオタクである」という一点で全無視できるオタクが本当に無理で……