Twitter 近代食文化研究会@「焼鳥の戦前史」発売中 ksk18681912 | 近代食文化研究会@「焼鳥の戦前史」発売中 (@ksk18681912) のツイート

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近代食文化研究会@「焼鳥の戦前史」発売中@ksk18681912

@uchujin17 コカコーラも薬局のソーダファウンテン向けの、炭酸で割る「薬」でしたね。

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そこで福原は帰国後の1902年(明治35年)、銀座の薬局内にソーダファウンテンを設置することにします。

これが現在の資生堂パーラーの始まりです。

続きます。

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資生堂がレストラン事業を兼業するようになったきっかけも、パリ万博見物の際にアメリカの薬局の動向を探っていたことでした。

福原有信はその際、アメリカの薬局が店内にソーダファウンテンを設置していることを知ります。 pic.twitter.com/iIpHHrIw52

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さて、資生堂の化粧品事業進出や、資生堂ホルモリンからわかることは、当時いかに欧米先進国の最新動向を知りそれをマネることが重要だったか、ということです。

戦前の実業家たちは、欧米の最新情報を探ることに必死でした。 pic.twitter.com/1PuBvOhgB7

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『焼鳥の戦前史』においてこの資生堂ホルモリンについて言及しました。
amazon.co.jp/dp/B089J2MCXD

なぜ焼鳥の歴史本にホルモン化粧品が登場するのかというと、ホルモンの商業利用の歴史と焼鳥は深く結びついているからです。

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「従来の輸入品」とあるように、資生堂ホルモリンは外国の製品の模倣品でした。

アメリカでは昭和7年にHelena Rubinstein(現ヘレナルビンスタイン社)がホルモン入りクリームHormone Twin Youthifier… twitter.com/i/web/status/1…

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価格は大変高く、基準強度が6円、二倍強度が10円です。

化粧品が「強度」という価値を持つというのが面白いです。おそらく女性ホルモンの含有量によるものでしょう。

そして「従来の輸入品」より一層科学的有効成分に富む、とあります。 pic.twitter.com/HP99TYXSkl

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昭和9年、資生堂はホルモンを成分とした美容クリーム「資生堂ホルモリン」を発売します。

最新の学説に拠り、というのはホルモン学説のことでしょう。

女性ホルモン入クリームを塗ることで、皮膚からホルモンを吸収、ホルモンが減衰した中年… twitter.com/i/web/status/1…

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資生堂が出版した『銀座』(三須裕編)に福原本人が寄稿するところによると、福原は渡欧時に、ドイツやフランスの薬局で化粧品を売っていることを知ります。

これを知った福原有信が、薬剤師の反対を押し切って化粧品事業に舵を切ったそうなので… twitter.com/i/web/status/1…

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資生堂はもともと、化粧品会社でもレストランでもなく、西洋薬を売る薬局でした。

化粧品も扱っていましたが、現在のように化粧品が主体の会社ではありませんでした。

その資生堂が変化したのは、創業者福原有信が1900年のパリ万博見物を… twitter.com/i/web/status/1…

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銀座にある老舗高級洋食店、資生堂パーラー。

最近まで私は、疑問に思うことがありました。

「なんで化粧品会社がレストランをやっているの?」 pic.twitter.com/NP2rBNY3yP

牛ミンチに細かい挽き割り小麦を混ぜ込んだスィミット・ケバブをオープンで焼いてみた。昨晩のピラフにのせてワンプレートに。余分な脂の抜け感、クミンの香りがトルコっぽい。添え野菜も混ぜながら食べるのが好き。田舎の食堂で食べてる感じ。 pic.twitter.com/MezA2fI7vm

マトン・セクワ。
スパイスや香味野菜等でマリネしたマトンをタンドールで焼いた串焼き。
スクティとは対照的な軟らかさ。
うんめぇ〜! pic.twitter.com/D3iAfhK3dQ

自宅でシルクロード横断の1か国目は、北朝鮮の名物料理、ハマグリのガソリン焼きを再現しました。これは、調理法のヤバさからは想像できないほど、本当にめちゃくちゃ美味しいです。貝殻に焼酎を入れて飲むと幸せになれる…。韓国ドラマの愛の不時… twitter.com/i/web/status/1…

ズッキーニの雄花が沢山獲れたので、またまたピラフ詰めを作ってみる。今回はトマトペーストを使って、ミントを多めに。落とし蓋して火を入れていきましょう。花の大きさがまちまちなのは仕方ない。家庭菜園だし。 pic.twitter.com/CAMOxPZQrc

この店がある狸小路、いい雰囲気だったなあ。横浜駅の隣に奇跡のように残っている。また来てみよう…と後輩と話しつつ、二軒目は野毛へ。 pic.twitter.com/NI8ydWdOs3

私が当時どれくらい素人だったかというと、モノクロの仕事しかやったことがなかったので絵の具を持ってなかった!表紙の指名を受けて慌てて画材を買い揃え、取りあえず小さな絵を一枚描いて村山編集長に「こんな感じでよろしいでしょうか」と見て頂いてOKを貰ったのだ。

【宇宙船の思い出-2】素人同然だった私が何故新雑誌の表紙イラストレーターに指名されたのか。後年になって当時の村山実編集長に伺った事がありました。宇宙船はあの頃朝日ソノラマに集まって来ていた若者のパワーから生れた雑誌だったので、表紙… twitter.com/i/web/status/1…