Twitter 苑部 snob_sick | 苑部 (@snob_sick) のツイート

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いや、「日本は今一度、仏教や神道に傾倒すべきだ」とは言わない。けれど、「こうしていたら間違いないさー」という確信はどこにもなく。それは、「生/死の定量性が弱い」からでないか、と思うのだ。「こうすれば神様ポイントゲット!」みたいな思想。現代日本人は、死を、処理できない。

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「宗教」というのは、言わば、生活の規範であり、人生の根底だ。だから、今では、国家の主義に置き換えられ、世界の優劣に置き換えられる。つまり、僕たちは、「先進的社会」という宗教に支配されている。あるいは、「現代的日本」。しかし、それは、先端にあるゆえ、安定せず、不確かだ。

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毎日ではないけれど、寝起きの朝、「どこだここ? この手の持ち主は誰だ?」みたいな気持ちになったときは、製氷機から氷の塊を取り出して握る、なんてことをしている。……「痛み」が重要なんじゃないんだ、本当は。そこにあるもののイメージと、自分の想像が一致すれば、とりあえず、1日、やれる。

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お笑いで笑うのは、「面白かったから」以上に、「ああ、ここでは笑って良いんだ」と、解禁が許されるからだ。人間は、笑いたい動物だと思う(というような言い回しを遣うのは馬鹿っぽいけれど)。だから、鉄面皮な人が、お笑いを好むとしても、何もおかしいことはない。

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「友達の恋を応援したい!」は情に厚く、素晴らしい善意だと思うけれど。「友達の恋の相手」にとっては、どうなのだろう。場合によっては、「敵軍が増えた!」になる可能性もある。二人の関係の話なのに、いつの間にか、バトルの様相を呈していたりする。何が何やら、しっちゃかめっちゃか。

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まあ、子供のころを思い出せば、眠りに対する恐怖は、本能的なものであるとも思える。寝息を立てる両親やきょうだいを見て、死んだのではないかと思って無理矢理起こした、なんて話もよく聞くし、枕元にぬいぐるみや玩具を置くのも、恐怖を和らげたい、という理由もあるだろう。

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不眠症の人は、眠れないことが怖い。何故なら、暗い部屋の中、目を閉じ、ベッドに横たわっていると、不安に心が支配されてしまうからだ。そして、余計に眠れなくなり、ついには、枕に頭を乗せることさえ怖くなる。……案外、チェアやソファだったら、大丈夫かもしれない?

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ギャンブル依存症の人にしても、アルコール依存症の人にしても、「これがないと生きていけない/これがない人生なんて意味がない」みたいに言うし、わかるのだけれど、たぶん、逆だ。ギャンブルなり、アルコールなりの毒が強過ぎて、「それさえあれば」となり、段々と、他の幸福に興味を失っていく。

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飲食店が「平日限定ランチ」を実施するのは、休日と比較して需要が減るからだが、その根本的な原因は、接客の質の差異にあるのでないか、と思わなくもない。

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とにかく。なるべく、小さくしないことだ。食べ易くする工夫より、食べ切らせる工夫だ。喰うだけ人間に対し、喰わなければいけない、と思わせることだ。……というように、今は、している。

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逆に、「無限××」のような、細かく刻んで食べ易くしたものは、確かに飽きがなくて、継続的な消費が見込めるが、減りが遅い。一気には食べさせられない。料理に対する満足感は、箸を動かした回数にも関係があって、3回食べたからオーケー、みたいにもなったりする。

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ちょいちょい人から「食材の○○が大量に余っているんだけどどうしたら良い?」と訊かれる。答は簡単だ。「なるべくデカく、その食材単品で作れ」。日本人は、自分が口を付けたものは自分で食べ切らないといけない、という意識がある。だから、丸ごと調理したものが、一番、消費率が高い。

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出汁についての話も時々しているけれど、僕の中での最適解は、魚や肉の水煮缶をそのままスープと具にすることだ。缶詰は、旨味も塩味も油も全部入っている。ざるで濾し、分離するだけで、最高の出汁と、最高のトッピングができる。特に鯖缶ざる蕎麦。お薦め。

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しかし、日本のカレールウの完成度はそれぞれでそれぞれに完成度が高いので、それぞれでそれぞれに味の違いを楽しめば良いのでは、とも思う。甘みも深みもない、ケンカカレーも、それはそれで。

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なんて言いつつ、飴色玉ネギを冷凍保存しておくと、砂糖代わりに使えるし(料理による)、熟成感が出るので楽ちん。ステーキのソースとか、サラダのドレッシングとか、そのまんま、オニオンスープとか。味付けにチョイ足しはするものの、汎用性は高い。

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カレーに飴色玉ネギを入れると、甘みと深みが出て美味しくなる、というのは間違いないと思う。でも、まあ、別に、チューブ入りチャツネを使用しても全然オーケーなのでは。てか、何故それほど飴色玉ネギが日本では重要視されるのか。ネット入り20キロ買ってきたから、作るけれども!

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僕が通っていた大学では「異文化コミュニケーション」という講義があり、そこで対談した外国人は、「日本人は馬を食べるが、信じられない! 友達なのに!」と言っていた。そうかもしれない、と思った。確かに、友達は食べない。食べるものの種類の多い人は、友達が少ないのかもしれない、気がした。

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「素材そのものから出汁を取らない人がいるけど、何で? 簡単なのに?」と首を傾げる人はいるけれど、出汁を取ることは簡単でも、出し殻を捨てたり、再利用したりすることに躊躇があるからだと思う。大量に出るしね。

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僕がこの世で最も嫌いなものの一つは、「敷蒲団に対し、ゴムで位置を固定しようとするシーツ」である(もっと簡単な表現はなかったのか)。あれ、すぐ伸びるしさ。じゃあ、敷蒲団の下に折り込むか、と思っても、丈が足りないしさ。仕方なく、ゴムを詰めるのだけれど。面倒臭い……。

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日本が行った(だろう)大戦時の問題について思うのは、その功罪でなく、「あちらが公に批難してきたからこそ、こちらも、それについて考えるようになったのでないか」ということだ。どの国でも被害の歴史(的な何か)ははっきりしている。でも、加害の歴史(の教育)は、有耶無耶になりがちだ。

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僕がゴボウがまあまあ好きなのだけれど、彼が一番輝く時は、豚汁だと思っている。きんぴらゴボウや、ゴボウサラダでは、ツーマンセルの相方みたいな立ち位置であるのに対し、豚汁だと、ムードメイカと言うか……入れた食材全てを包み込む愛がすごい。

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発声による自己暗示が大切だ、なんてのもよく聞くし、それでは、自分を鼓舞したり、慰撫したりの言葉が選ばれるけれど(「俺ならできる!」とか、「わたしよく頑張った!」とか)。僕は、「知ったこっちゃねえ」が一番効く感じがする。

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前postとは若干違った話になるのだけれど。メンタルトレーニングの基本とは、つまるところ、「開き直り/居直りの仕方」なのだと思う。そう言い切っちゃうと、色々と問題があるから、くだくだしい説明になる。

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たとえば。「不安」は未来にしかないし、「後悔」は過去にしかない。実際的な「辛苦」はいつでもあるけれど、妄想されるマイナスは、現在を追求することで、追い払える。この瞬間、五感に触れているものだけを意識/自覚せよ。あんま心配すんな。大丈夫だ。

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まあ、実はよくわかっていないのだけれど。禅も、マインドフルネスも、ポジティブ・シンキングも――瞬間にも満たない、しかも変移し続ける「現在」という点を追い続け、そして、過去や未来を遠ざける思考と精神の姿勢なのであろう、みたいな、とりあえずの理解。

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ああ、小籠包とか、絶対に注文したくないよね……。

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たこ焼きや中華まんを面白いと思うのは、「口内が火傷するほど熱いのが美味しい!」とされているところで、だから僕は、「いやよくわかんねえな!?」と叫ぶのだ(猫舌)。うーん、「熱っつ! マジ熱っつ!」というときも、激辛料理と同じように脳内麻薬が分泌されるのかしら……。

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「笑えば楽しくなる」も同じ。絶望に侵食されて笑うしかない、ということもあるだろうけれど。他人がそうであるように、いや、それ以上に、自分は、自分のことを、外面でしか見ていない。ので、体裁を取り繕うことが、結局のところ、誰にとってもハッピイだ。

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「幸せに生きるための方法」みたいな記事を読むと、「他人に親切にする」というのがあって、同意する。別に「情けは人のためならず」とか、自律神経がどうのこうのとかでなく、単純に、幸せな人にしか他人に親切にできないからだ。幸せな人にしかできないことをやったから、すなわち、自分は幸せだ。

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近所で見掛けたので、つい『コイノボリ』を口ずさんでしまった。そう言えば、小学生のころは、「大きい真鯉はお父さん」の部分を、「大きい孫Eはお父さん」だと勘違いしていて、「えらい複雑な家庭環境だな……」と戦慄していたものである(何故か緋鯉はちゃんと聞き取っていた)。