Twitter たつざわ さとし tatsuzawa | たつざわ さとし (@tatsuzawa) のツイート

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たつざわ さとし@tatsuzawa

2999号(1944年3月18日)によれば3月20日から大日本映画協会の審査が始まっているが、3066号のリストはそれ以前に内務省検閲で通過したものを含むとされているから時期はよく分からない。

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(続)『同盟通信 映画・芸能』3066号(1944年5月24日)に載っている5月20日現在の大日本映画協会の企画、脚本審査状況によれば、電通の6巻ものとして企画が承認されていた。

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「また、当時の『制空』に関する資料は、映画の検閲記録、映画年鑑、主題歌の著作権、新聞広告、映画雑誌等からも、今のところ見つかっていない。」とされているが(続)

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古舘嘉(2018)「太平洋戦争末期の未公開映画 : 亀井文夫の『制空』(1945)」 ci.nii.ac.jp/naid/120006416…

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@nuryouguda がんばります

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締切日に2000字の原稿を胃を痛めて書いている。2000字なんて書ける人なら一瞬で書けるのだろうし、私自身、書いたらよいものが書けるだろうという確信は持っているのだが、その確信と表裏一体に「これでよいのだろうか」という不安を抱え筆が進まず胃が痛い。

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荒木さんのツイートは非常に興味深いが、「日本のアニメ業界が始まって以来の大惨事」ではないように思う。1950年ごろ、映画館からの短編締め出しで日本のアニメ業界が壊滅したときは、転職とはいえほとんど誰も仕事を続けられていなかった。

日本のアニメ業界が始まって以来の大惨事、といっていいんじゃないか。

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@info51596118 よかったです。ほんの少しずつでも木村白山のことが分かっていければと思います。

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@info51596118 検索すると1989年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で上映された記録が出てくるので<yidff.jp/89/89list.html>、どこかにはあると思います。

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@kane_hisa これはやや学のネタバレになるのですが、映画法以後、文化映画が急増して、図解の需要が増えたことにより、転職していた木村白山に声がかかった、という可能性があるように思います。

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昭和光音工業株式会社は有限会社スタックスとしていまも続いていた。/創業80周年の歩み | 会社概要 | STAX
stax.co.jp/company/histor…

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映画旬報 第8巻 44ページ
創立昭和十三年九月。小資本ではあったが、常赴がはじめてから自主作品の製作にふつかって行つた意気と熱は認められなけれはならぬ。光音文化映書製作所資本金十五高回、代表者佐々木久吉。これも三和光 H 製作所が昭和光言映書部に合併して本年...
books.google.co.jp/books?id=wusvA…

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三和光音製作所 dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid… 日本文化映画年鑑 昭和15年版
昭和光音映画部 dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid…

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これ、作画が木村白山だが、タイトルで検索すると制作年が1943年のようだ(時局だし1943年はそう思える)。この時期の木村白山作品があるとは思わなかった。

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時局いろは読本|日本の映画情報を検索 日本映画情報システム
japanese-cinema-db.jp/Details?id=406…

『発掘!歴史に埋もれたテレビCM』(光文社新書)
本日よりAmazonで購入可能、明日から書店販売開始です。

半世紀のあいだ倉庫で眠り続けていた、知られざる黎明期のテレビCMたち。その不思議な世界をたくさんの図版とともに解説した本です。

ぜひご一読ください!

amazon.co.jp/dp/4334044263/ pic.twitter.com/siYqov2qOH

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先行研究を斬っていくからにはそれなりの主張をしないと、と思うとハードルが上がっていく。

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成果を出すために締め切りは必要だが、締め切り近くになると憂鬱になる。

正確には田中秀和さんと同じ学部の同じ学科の出身で、稲岡大志さんと同じ研究科の所属です。ハイブリッド後輩。

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電話帳による昔のアニメーション制作会社の調査をやりたいと思った。/
「電話番号 東京」の検索結果一覧|国立国会図書館オンライン
ndlonline.ndl.go.jp/#!/search?lang…

@strangelove2001 ちなみに「事後承諾」の情報元は、『海の神兵』のリバイバル公開(1984年)時にパンフレットに小野耕世氏が書いた解説文。 pic.twitter.com/I0p56y3YSE

@strangelove2001 この共通点に気づいて、最初にイベントで映像紹介してみたのは、2000年のアニメーション全国総会「アニメ100年史」でした。だから、そこに出席されていた方はご記憶かも。

@strangelove2001 このセル再利用については、瀬尾光世が政岡憲三にちゃんと申し送りをした(ただし事後承諾のようだけど)証言が残っているようですね。

@strangelove2001 はい、話しました。同じセルの流用だと思います。あと、嵐の中で枝を激しく揺らす木にも共通のモデルがあるらしく、両作品に出てくる枝のカーブの仕方がそっくり、というお話も。

民話社が教育映画フィルムと並行して販売していたアニメ器材の広告や紹介記事を複写してきた。撮影台まで販売していたというから、この種の商売にしては結構大規模な気がする。(視聴覚教育1971年10月号、映画テレビ技術1970年8月号より) pic.twitter.com/BM4iJezCDK

BD発売時のユジク阿佐ヶ谷での上映時にデータ原口さんがお話された中に出てきたかも?(記憶不確か…) twitter.com/kane_hisa/stat…

『桃太郎 海の神兵』を見返していたら、雨が降ってくるシーンで『くもとちゅうりっぷ』の原画を再利用していることに気づいた。スタジオは両作品とも松竹動画研究所なので、納得はいく。 pic.twitter.com/rU6wH0Zgqg

本日、7月16日で「#平成狸合戦ぽんぽこ」が公開されて25周年です。観客動員数313万7740人、配給収入26億3000万円は1994年の邦画1位で、高畑勲監督の劇場作品でも1番の興行成績でした。1994年度の毎日映画コンクールにおいてアニメーション映画賞を受賞しています。 pic.twitter.com/vI49kVYcnx

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【公式】Roselia「BRAVE JEWEL」ライブFull映像【Poppin'Party×SILENT SIREN 「NO GIRL NO CRY」DAY1】 - YouTube
youtube.com/watch?v=lq_YHd…