Twitter 哲学猫 tetugaku_neko | 哲学猫(tetugaku_neko) / 2019年5月25日のツイート

後輩女「猫さんはどこでスーツを買っているのですか」
僕「こだわりはないけど、いつも青山だよ」
後「おしゃれ! でも、高くないですか?」
僕「そうかな。そうでもないけど」
後「へえ。青山のどの当たり行くんですか?」
僕「池袋の青山だよ」
後「え?」
僕「洋服の青山知らない?」

おかしな言い方ですが、文房具売り場のペンの並び方が、とにかく美しかったんです。 pic.twitter.com/CqaQuL99Ma

「ブラックのコーヒー、これがきみに出会う前の僕。そして、ミルクを入れる。これがきみに出会った僕。つまりね。出会う前の自分には戻れないの」

「気持ちが重い」って聞くと「お前が軽いんだよ、バカヤロウ」って思う。

愛ってのは、なんていうかな、酸素のようなものなんだ。なきゃ生きていけないし、濃すぎると死ぬ。

「幸せってなんだろう」って考える時に必要なものはその問の答えではなく、少しの休息。

あー、新宿のパーティーを先輩OLと二人で抜けたして、こっちよと誘われるままにバッティングセンターに入って、俺が「打てるんすか?」って聞いたら、髪を結んでハイヒール脱いで、「こっちが本当の私だから」ってクリーンヒット打った後、もっとわたしのこと知りたい?って聞かれてホテル行きたい。

よく人から「人に気を使わない、もっと気を使え」と言われるんだけど、私は気を使っている上にさらに(相手の負担にならないように)人に気を使っていると思われないように気を使っているし、そもそも気を使っていると分かる奴(アピールする奴)って鬱陶しいと思う。その辺をもっと気を使って欲しい。

ときどき思い出して寂しくなってほしい。

季節の変わり目に好きだった人の面影探すのは何故だろう。

痛み止めって、痛みを止めるんですよね。無くすんじゃなくて。止まっているだけで、存在はしているんですよ。

昔、お坊さんに「死んだら眼鏡はどうしたらいいですか?」と聞いたら「身体があるから怪我や病気があるわけで、死んだら魂だけが”あの世”にいく。つまり怪我や病気は身体と一緒に現世においてくることになる。だから眼鏡は不要」と言われたから『死んだら健康になる』はそんなに間違ってない。

大人になってから「また会おう」から、なんとなくお互い”別の日常”があるし、その約束を思い出すことがあっても、日程が合わない、あるいは調整さえしないまま、余裕で数年経つ、なんてことが増えたんだけど、これ、逆算すると死ぬまでにあと数回しか会わないんじゃないか。

何かの瞬間にキスしたい。会った瞬間、エスカレーターに乗った瞬間、角を曲がった瞬間、食事が終わった瞬間、起きた瞬間、服を脱いだ瞬間、店から出た瞬間、席に着いた瞬間、扉を閉めた瞬間、カーテンをあけた瞬間、手がふれた瞬間、靴紐を結んだ瞬間、なにか拾った瞬間、時計を見た瞬間、ふとした瞬間

「結局、人は孤独じゃん」ってずっと思ってたけど、最近になってやっと「そんなこと言ったってなんも始まんねーじゃん」って思ってる。

僕から見て「お前の人生ハードモードかよ」って思うような友達がいて、そいつの口癖が「ウケる」だった。どんな災難も「ウケる」と笑っていた。その内心は知る由もないけど、何事にも動じないそのスタンスは最強だと僕に思わせた。

アンパンマンに出てくるこのキャラ名前ひどすぎ pic.twitter.com/NwAimfnRHj

Qmldope7 reasonably small
哲学猫@tetugaku_neko

@yukiao 本日はありがとうございました。アイスコーヒー人間です(笑)!